(5)

「変なことは、しないよう心がけるよ。死ぬのは怖いし、嫌だし。でも、ひとつだけいい?」
 仰向けのまま、僕は言った。やっぱり前は見ないけど、気持ちはリーダーに向けていた。
「内容によるな」
「多分大丈夫。僕を攫ってからどれくらい?」
「一時間弱ってところかな」
 リーダーの答えに、僕はふーんと相槌を打つ。
 一時間、ってことはとくちゃんはこのことを家に知らせてくれているかな。多分、警察も呼んでくれているかもしれない。
「電話、も一回かけるよ?」
 キィ子が言った。
 どうやら家にかけて身代金というやつを請求するつもりだろう。
 僕が眠らされてる間に電話したんだ・・・。警察に知らせるなってやつかな。ってもたいがいは知らせてると思うけど・・・。でもどうして名前知らなかったんだ?
 ああ、もしかして「お宅の子供我預かった」みたいなセリフだけ残したんだろう。きっと。
「ああ、かけてくれ」
 リーダーの言葉に、キィ子は携帯電話を操作し始めた。カチカチとボタンを押す音が聞こえる。
「はい、あとは通話ボタンを押すだけだよ」
「さんきゅ」
「ねえ、いくらぐらい請求するつもりなの?」
 携帯電話を受け取ったらしい、リーダーに僕は聞く。それにしても僕ってホント肝が据わってるな。普通こんなふうに自分を殺すかもしれない犯人に、つらつらと口を開くとは。もうちょっと怯えてもいいんじゃないか?いや、こう見えても結構怖いんですけどね。
 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、リーダーはけろりと返してきた。
「3千万」
 ・・・3千万?
 ・・・3,000万
 ・・・参千萬
 ・・・30,000,000

 零が、7つ?

 あ、ありえねーー!!!

「ば、馬鹿じゃないの!?そんな大金!!」
「なに言ってるんだ、こんなの安いほうだぞ。中には1億を請求するやつもいるが、そんな値段はなかなか用意できるもんじゃない。これくらいが手ごろなのさ」
 鼻で笑いながらリーダーは言う。
 僕の金銭感覚がおかしいのか?
 だって3千万だぞ!ビックリマンチョコが何個買えると思ってるんだよ!!
 あ、チョコ食べたくなってきた・・・。
 ってそうじゃない!!現実逃避にもほどがあるぞ僕!帰って来い!思い出せ!ウチにそんな大金ある分けないじゃないか!?だってお母さんが家は20年ローンだって言ってた!!

 ・・・・・・・・・・。

 あれ?

 そーだよ。まだ家のローンとか、この前新しく買ったワゴン車のローンとか、パソコンのローンとかあるって言ってなかったっけ?
 お母さんが深くため息ついて、お父さんはうんうんって頷いてた。
 ってことはだよ?
 ウチって結構借金だらけじゃん。
 3千万なんて大金、あるわけないじゃないか。いくら引掻き集めたって、精々1千万がいいところじゃないか?

「ねえ」
「なんだ」
 なおもなんか言ってくる僕が鬱陶しいのか、リーダーはうざったそうに聞き返してきた。
 いやね、怒られても、僕はそんな大金要求したって無駄だよと教えてあげようとしてるんだからね。
「あのさ、僕んち結構借金だらけだから、そんな額要求したってすぐには用意できないと思うけど?」
「はっばあか、そういうのは親戚とか駆け回るのが普通なんだよ」
 ああそうか・・・あれ?
「僕んとこ、親戚全然いないよ?」
「は?」
「おじいちゃんにおばさん。僕が知ってるのは二人だけだよ。お母さんのほうのおじいちゃんは知らないし、聞いたら、気にしなくてもいいのよって言われた」
 そういうと、リーダーは黙り込んだ(ようだった)。
 おじいちゃんは子会社で働いてる普通のサラリーマンだし(おじいちゃんはまだ定年迎えてないんだよ)、おばさん・・・って言うと怒られるんだけど、倫子さんはバリバリのキャリアウーマン。つっても二人とも普通の社会人で、特別金持ちというわけじゃない。
 お母さんのおじいちゃん、おばあちゃんについては、お母さんは何も教えてくれない。聞いてもにっこり笑って
「秀ちゃんは知らなくていいのよ?」
 むしろ聞くな。とその笑顔が語ってる。僕は怖くなって何度も頷き、聞いたことを後悔した覚えがある。
 それにしても、(話を元に戻すけど)誘拐に下調べは必要なんじゃないの?突発的なもんなのか?頭よさそうだと思ったけど、カバ夫とどっこいどっこい。
 僕は恐怖を通り越して、少し呆れた。
「く、家がでかかったから狙ったのに・・・」
「家が大きいからって、イコールお金持ちという発想は安易じゃないの?」
「ああ!ガキは黙ってろ!!」
 リーダーは僕を怒鳴りつけた。びっくりしたけど、恐怖は甦ってこない。
 こいつらは多分あれなんだな、昔に会ったアニメのさん馬鹿トリオ。なんていったか、タイムなんとか・・・。まあ、見たことはないんだけど。
 僕の家はよその家よりかは大きい。部屋数も多いけど、空いている部屋は荷物置き場と化してる。中には何も使ってない部屋もある。たった三人暮らしだしね。
 なんでもお父さんが知り合いの人から譲ってもらったらしい。といっても、もちろん相当な額だろうけど。一軒家だし、それなりにその当時は新しかったし。
 でも、家がでかいからってお金持ちとは限らない。僕んちがそれを証明しているからね。現に借金まみれなわけだし。取立て屋が来ないだけマシかな。
「ま、でも銀行やそこらで金作れるだろ」
 リーダーはすぐに開き直ると、携帯電話の通話ボタンをポチリと押したらしい。
 銀行でお金借りる場合には、保証人が必要なんだよね。おじいちゃんがすぐになってくれそうだけど・・・。
 ああ、僕が捕まりさえしなければ、こんなふうに迷惑かけることなかったのに。僕ははあ、とため息をついた。
 それを見たカバ夫が可笑しそうに「怖いか?」と聞いてきた。
 僕はすぐに声がしたほうに振り返って
「呆れてんの」
「なに?」
 可笑しそうな声は一変し、ドスの聞いた声に変わった。不愉快極まりないって感じだ。でも、僕の態度は変わらない。
「もうちょっと計画性を持ったほうがいいんじゃないの?下調べはちゃんとして、すぐに金が用意できるか確かめる。3千万をぽいっと出せるくらいのね。すぐに用意できる家なんだったら、受け渡しもすぐにできるだろうし、警察に知れるリスクも低い。そんなことも考え付かないの?あんたらって馬鹿―――・・・」
 ベラベラズラズラと一人喋っていた僕だけど、僕は最大の過ちを犯してしまったことに、言いたいことだけ言ったあとに気がついた。

「あ」

 そして固まった。

 うわー!相手を挑発するのにもほどがあるよ!相手を考えろよ僕!馬鹿なんていわれて、しかも子供に、腹を立てないやつはいないって!そう、かなり大人な人以外・・・。
 大人しくしていようって誓ったのは誰だよ?!ああ!!僕だよ畜生?!
「い、今のなし・・・なーんて」
 聞くわけないよねー。
 僕は無理やり笑顔を作っていった。やっぱり無理やりなんで引きつり笑い。口の端がひくひくしているのが分かる。
 すると僕は胸倉をつかまれ、そのまま引き上げられた。
「んだとこのガキ?!」
「っ?!」
 カバ夫の怒声と共に、僕の左頬に鈍い痛みと衝撃が走った。胸倉を掴まれたままだったので、吹っ飛ばされることはなかったけど、口の中は切れたのか血の味がして、頬にじんじんと響く痛みに耐えることに必死だった。
「いい気になるなよ?!その気になればお前の首をへし折って」
 カバ夫は怒鳴りながら、ごつくて冷たい手を僕の首にかける。そこからぞくぞくと悪寒が走り、全身に鳥肌が立った。ぐぐ、と手に力入り、痛くて、息苦しくなった。
 うまく呼吸ができない。両手足を縛られているから抵抗もできない。

 ―――ああ、死ぬのかな。

 驚くくらい、頭は冷静だった。焦りも、恐怖も、そう無かったんだ。

 ―――お父さん、お母さん。


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