(3)

 夕飯のハンバーグが焼ける匂いが部屋中に広がる中、僕はリビングで今日出された宿題をしていた。だから・・・
 ガチャリ
「・・・・・・・・ただいま」
「うわ!」
 お父さんが帰ってきたことに気づかなかった。
 お父さんは足音を立てないし、大声を出したりもしない。だから、リビングのドアを開けるまで帰ってきたのが分からないんだ。
「び、びっくりしたあ〜。お父さん、もうちょっと音立てて入ってきてよ」
「・・・ごめん」
 僕が言うと、お父さんの顔は少し寂しそうに見えた(相変わらず無表情だけど)。言い過ぎたか・・・。お父さんは見かけによらず、僕とお母さんの言うことには敏感に反応するからなあ。
「あらあら、あなた、おかえりなさい」
 台所からひょこりと、お母さんが顔を出した。お父さんはまた小さな声で「ただいま」と返す。
 もうちょっと大きな声出せないのかなあ・・・。
「もうちょっと待っててね、もうすぐ焼けるから」
 お父さんは頷いて、僕にスーパーのビニール袋を差し出した。
「? あ!アイスクリームだあ!!」
 僕は自分の顔の筋肉が緩むのが分かった。
 バニラにチョコ、ストロベリー、シャーベットもある。―――食べたい。
 ポン
 僕の心のうちがわかっていたのか、お父さんが軽く僕の頭を叩いた。見上げれば、じっとお父さんが僕の顔を見ている。
 ―――食べるのはあとにしなさい。
 そう言っているようだ。
「〜〜〜〜っ。はーい、わかったよ〜。でもチョコは絶対食べないでね!」
 僕の言葉にお父さんはこくこくと頷いた。なんだか嬉しそうな顔をしている(でもやっぱり他の人から見れば無表情)。無言でただ見つめられるのって、何も言えないんだよね。いや、言う言葉が見つからないんだ。
 僕は立ち上がってダイニングにある冷凍庫を開く。いっぱいものが入っていたけど、隙間をぬえば何とか・・・。
「あら、お父さん買ってきてくれたのね」
「うん。食べたかったけど、とめられた」
 ―――無言で。
「あらあら、当たり前でしょ。ご飯食べられなかったらどうするの。ご飯食べたあとなら、お父さん何も言わないから」
 ―――さっきも何も言ってないけどね。
「はい、できました。秀ちゃん、お箸とか出して準備してちょうだい」
「はーい」
 出来立てのハンバーグは美味しそうな匂いと湯気をたてていた。口の中に唾液がたまるのを感じながら、箸の準備をする。
 ふと宿題が気になってリビングに目を向ける。すると背広から部屋着に着替えたお父さんが、僕の宿題を眺めていた。答え合わせでもしてくれてるんだろうか。まあ、片付けろとは言われないようだから(無言の圧力もないし)、僕は気にせずテーブルに夕飯を用意していった。
 それにしてもお父さんって、余談だけど童顔な所為か、背広似合わないよね。
「あなたーご飯の用意できたわよー」
 お母さんの呼びかけに、お父さんは無言で立ち上がり、定位置の椅子に腰掛ける。僕もお父さんの前にある椅子によじ登る。ここが僕の定位置だ。ちなみにお母さんはお父さんの隣だ。
「いただきまーす」
 僕が手を合わせると、お父さんとお母さんもそれに倣って手を合わせる。
 今日あった出来事とかを話しながら、お箸を進めていく。
 そういえば、とお母さんが言った。
「あなた、最近変な人が出るんですって。今日秀ちゃんがそれについてのプリント貰ってきてね。やっぱり防犯ブザーか何かもたせたほうがいいからしら」
 世の中物騒だし。
 お母さんは言う。く、話を穿り返された(お母さんにそんな気はないだろうけど)。
「い、いらないよ! そんなの、邪魔なだけだって!」
「そうは言ってもね、秀ちゃん。世の中は秀ちゃんが思っているより危険なのよ?」
「でもさあ〜」
「持っときなさい。最近は物騒だからな」
「!?」
 僕は驚いた。お父さんが防犯ブザーを持つことに賛成したことじゃない、お父さんが自ら口を開いたことに驚いたのだ。しかもちょっと長い。
「ほおら、お父さんも言ってることだし。明日買っておくわ」
 両親に勝てるはずもなく、僕はしぶしぶ持つことを了承した。邪魔なだけだと思うんだけどな・・・。
「こらこら拗ねないの。秀ちゃんはかわいいんだから、襲われてもおかしくないのよ?」
 自分の子をかわいいというのはかなり親馬鹿だと思うんだけど。それにお母さん、男の僕にかわいいはないでしょ・・・。
「そういえば、先生が僕はお母さん似だって言ってた」
「まあ、藤木さんが?」
「うん、『お母さん似でかわいい』って」
 さっくりと言ってくれたよなー先生。
 そう思っていたら・・・
 ゾクっ
「?!」
 膨大な冷気が身体を襲った。
 な、何?!クーラーはつけてないでしょ?!
 冷気の発信源は前からだ。冷気は前から襲ってきた。・・・前? 前って―――
「・・・お、お父さん?」
「・・・・・・・・・・」
 こ、これはきっとお父さんを全然知らない人でも分かる。お父さんは怒っている。だって周りに・・・どす黒いオーラが目に見えるほどはっきりしてるんだ。
「やだー、藤木さんてばかわいいなんて!」
 ゾワっ
「?!」
 お父さんの様子に気づかないのか、お母さんは頬を赤くして、照れている。その途端、冷気が倍になった。
「・・・・・・藤木」
「お、お父さん? どうしちゃったの??」
 僕はわけが分からず、とりあえずお父さんを呼ぶ。僕の呼びかけに気づいたのか、お父さんはふっと僕のほうに顔を上げた。
「だ、大丈夫?」
 と、いうか何故お母さんがこの冷気に気づかないのかが不思議だ。まだ嬉しそうに笑ってるし。
 冷気はお父さんが僕に視線を向けた途端、ふっと何事もなかったかのように消え去った。
「・・・・・・なんでもない」
「そう・・・」
 お父さんはそういうけど、なんでだろう・・・藤木先生の生命が危うい気がした。
 ・・・気のせいだね。
 というか、気にしないことにしよう。うん。
「ごちそうさまでした」
 僕は手を合わせて立ち上がる。空になった食器をキッチンの流し台に置いて水に浸す。
「秀ちゃん、お風呂は行ってきなさいな」
「えーアイスクリーム食べたい」
「お風呂上がったあとでね」
「ちぇ・・・」
 食器が水に完全に浸ったのを確認して、水を止める。宿題が広がるテーブルの横を通り過ぎて、お風呂場に向かうことにした。早く食べたいから。

「お父さんって、本当に無口だよね」
 チョコアイスを食べながら、宿題をし、テレビを見るという自分的に器用な動作を繰り返しながら、僕は洗物を終えたお母さんに言う。ちなみにお父さんはお風呂だ。
「そうねえ、お母さんと会ったころからあんなんだったしねえ」
「無表情だけど、無感情ってわけじゃないんだけどね」
「ふふ、お父さんは秀ちゃんの言うことには敏感よね」
「お母さんの言うことにも敏感だと思うけど?」
 そうかしら、お母さんは言う。
 アイスのスプーンを咥えたまま、テレビのチャンネルを変える。今の時間帯にアニメがやっているはずもなくて、僕はとりあえずドラマをかけることにした。サスペンス。娘を誘拐された男の話らしい。
 今度は宿題に集中することにした。じっくりと考えながらシャープペンシルを進めていく。算数は嫌いではないので、やる気は充分ある。すると、ドリルと僕の顔の間に、細くて長い指がにゅ、と割り込んだ。驚いて顔を上げると、風呂上りの、タオルを頭にかぶせたお父さんがそこにいた。
 お父さんは、とある問題をとんとんと叩いた。僕はそれに目をやる。お父さんは何も声に出さずに、計算の手順を指で追っていく。
 これが、こうなるから、これはこうで、だからこれは、こうなって、こうなるから、これは答えが間違っている。
 そう言っているらしい。
「ああ、そっか!」
 僕もなぜかその声のない説明で、納得できてしまったらしく、慌ててその問題に消しゴムをかける。
「ありがとう、お父さん!」
 ―――どうして自分でも今の説明で分かったか、分からないけど。
 僕がお礼を言うと、お父さんは少し笑った(ように見えた)。
「・・・・・・」
 ちょこんと座っていたお父さんを見たお母さんは立ち上がり、台所に向かうと、冷凍庫を開けた。
「あなた、どのアイスが食べたいの?」
「・・・バニラ」
 欲しかったんだ・・・。
 僕は冷凍庫からバニラアイスを取り出すお母さんを、呆然と眺めながら思った。
 よくわかったな、お母さん、って僕も人のこといえないか・・・。
 お母さんから受け取ったバニラアイスを食べるお父さんは、幸せそうだった。


「そんなわけで、お父さんとお母さんは夜に、道路で出会ったそうです」
 翌朝、学校で朝の自由時間の間、相変わらず僕の宿題を写すとくちゃんにそういうと、とくちゃんはぽかんと口を開けたまま固まっていた。昨日は写したことバレなかったけど今日はどうだろう。
「俺が聞いてんのはそんなことじゃなくて!?」
 なんと覚醒したとくちゃんが、怒鳴り声を上げる。
「言われたとおり聞いてきたんだから、怒られる筋合いはないよ」
 僕はとくちゃんに言われた通りに聞いてきたんだ(実際は聞く気なかったけど)。怒るほうがおかしいよ。
「それは、そうだけど・・・」
 とくちゃんは拗ねた顔で言う。どこか納得してなさげだ。当たり前だろうけど。
「俺が聞きたかったのは、おじさんとおばさんがどういう経緯で出会ったかであって・・・」
「人の恋話聞いて楽しい?」
 女の子じゃないんだからさ。僕は思う。
「そうだけどさーあ。なーんか気になるんだよなー、あの二人」
「僕は聞いても得した気にはなれないよ」
 だってそうだろ、今恋をしていて、それが恋愛の手本になれば別だけど、生憎と僕は恋をしたことが一度もない。だから他人(といっても両親だけど)の恋愛話を聞いたっていまいちピンとこない。
「お前はほんと興味のないことにはとことん興味ないなあ」
 とくちゃんは呆れたように言った。
 だって興味が湧かないことに夢中になんてなれないよ。興味のないことには全く興味を持とうともしないところは、お父さんとそっくりなんだとつくづく思う。
「まあ、そういうわけだから、この話は打ち切りね」
 そう言って僕はとくちゃんに見せていた自分の宿題を机の中にしまった。途端、とくちゃんが、あ!と声を上げる。
「ちょっと待て! まだ全部写しきれてない!?」
「残念だけど、時間切れだよ」
「んな?!」
「後ろ」
「は? 後ろがなに・・・あ」
 僕に言われてとくちゃんが振り返ると、そこには腕を組んだ仁王立ちの藤木先生。まさに顔は鬼だ。とくちゃんの顔が青ざめていくのが分かった。僕はとくちゃんに心の中で合掌する。
「徳輔・・・お前、まさか昨日の宿題も写したんじゃないだろうな・・・」
「え?! い、いやそんなことないっスよ! 自分でやった自分でやった!!」
 とくちゃんは必死になりながら言う。っていうか、その顔はあきらかに嘘を言ってるよ。とくちゃん顔に出るから・・・。とくちゃんは嘘をつけないタイプなんだよね。あーあ、正直に話したほうが、先生のゲンコツの数も減っただろうに。
「秀善、それは本当か?」
「さあ? それは先生のご想像にお任せしますよ」
 僕はさらりと笑顔を返して言った。母親譲りの、女顔スマイルで(変なネーミングだけど)。
とくちゃんは更に青い顔になり、先生は呆れるように片手で顔を覆った。
「・・・つまり、お前は写したんだな」
「ひ、ひどいわ先生!? 生徒を疑うの?!」
 小指を立てて、女言葉のとくちゃんは・・・気持ちが悪い。僕は全身にさぶいぼを立てて、震えつつ呆れた。先生のこめかみがひくつくのが分かった。
 そういう行為は神経逆撫でするの、わかんないのかなーとくちゃんは。僕はもう一度、心の中でとくちゃんに合掌した。アーメン。あ、これはキリスト教か、南無阿弥陀仏。これでいい。
「徳輔、お前は今日、残って先生とワンツーマンで宿題を片付けような」
「ええ?!そんな、今日は見たいアニメが四時からあるのに?!」
 青筋を浮かべる先生に、とくちゃんは声を上げる。とくちゃん、つまりそれは「宿題は実は写しました」っていう肯定になってること気づいてないね。宿題をやってるんだったら、「なんでやってるのに!」って講義するはずだから。
「やっぱりお前、宿題写してたんだな」
「げっ」
 先生もそれのための誘導の言葉だったのか、握り拳を作る。とくちゃんも「やってしまった」って顔だ。これ以上顔を青くしたら、危ないよ。死人だって。
 しかし先生も生徒相手に姑息な手を・・・。乗っちゃうとくちゃんもとくちゃんだけど。とくちゃんは単純だなあ。
ぼか
「いて!」
 そんなことを考えてたら、とくちゃんの頭に怒りの拳が下ろされた。とくちゃんは必死に痛みに耐えていた。
 自業自得だよ。
 そう思ってたら、僕の頭にも鈍い音と共に痛みが走った。
「いったあ! なんで僕まで!!」
「写す徳輔も徳輔だが、写さす秀善も秀善だ。いいかあ、友達なら宿題も見せていいってわけじゃないんだぞ」
 そう言いながら、先生はとくちゃんにもう一発ゲンコツをお見舞いする。それと同時にまたとくちゃんは痛みに耐える。
 そりゃあ、見せていいってもんじゃないけどさ、僕も言ったんだよ、写すととくちゃんのためにならないって。でもとくちゃんはそんなことを聞いてくれなくて、写したんだから。殴られるのはお門違いだ。
 そんなことを思いつつ、痛む頭を擦っていると、ふと視線を感じて顔を上げる。そこにはにやーっと笑う、してやったり、という顔のとくちゃんだった。
 むか。
「もうとくちゃんには、絶・対宿題見せない」
「そのセリフ、何度も聞いてるぜ」
 むかむか。
 にやりと笑うとくちゃんに、僕は苛立ちを抑えられない。でも返す言葉は見つからなかった。
 とくちゃんの言う通りなのだ。こうやって先生に写し写させているのがバレて殴られるのは一度や二度じゃないのだ。殴られるのを分かっていても、とくちゃんに宿題を見せてしまう。我ながら本当に学習能力がない。
 絶対見せない、そう固く誓っても、あっさりと次に破ってしまう僕は本当に馬鹿だよ。馬と鹿だ。
「とにかく、徳輔は放課後残ること。いいな」
「げえ・・・なあ、秀、待っててくれよ」
 ぐにゃりと顔を曲げて、とくちゃんは嫌そうな顔をした。そりゃあねえ、遊びたい盛りの僕らに補習が宣告されちゃったんだもん、当たり前だよね。
「えー僕もアニメみたい」
 とくちゃんに付き合っていれば、今日のテレビアニメは見れないこと確実だ。僕はとくちゃんには負けるけど、げにゃ、顔を曲げた。
「てめえ、友達をほったらかす気か」
「自分のせいで殴られた友達を見て笑う友達なんて、友達じゃない」
 僕が鼻で笑って言った。とくちゃんは「ひっでー!」と声を上げて、教卓についた先生に怒られていた。とくちゃんは渋々席に戻る。
 まあ、待ってるけどね。アニメ、ビデオに予約してきたし。お母さんが同じ時間帯にやる再放送ドラマに夢中で、アニメが見れない上での考慮だ。その上ビデオに撮っておけば、上から何か撮らない限り何度でも見ることができる。
 朝のHRのあと、僕はいそいそと一限目の教科書の用意をし始めた。

 放課後なんてあっという間にやってきて、今日はどこか時間が経つのが早く感じた。
 皆が帰った教室では、とくちゃんと先生が向き合い、一生懸命宿題をやっていた。あーでもない、こーでもない。とくちゃんの消しゴムの使用回数はゆうに20回は越えていた。僕は自分の席で、今日出された漢字の宿題をこなしていた。消しゴムの使用回数は3回程度。しかもそろそろ終わりそう。
 ちらりととくちゃんと先生を盗み見れば、どうやらまだ終わる気配はない。僕は最後の一問を片付けて、消すゴムのカスを払うと、ランドセルの中にしまった。
 あー終わった。家に帰っても何も気にせずゲームができる。
 固まった関節をほぐすと、ぽきぽきと音がした。あ、気持ちいい。
 僕は立ち上がって二人のところに向かった。覗き込むとあと五問ほど、頑張れとくちゃん。
「お、秀善は終わったのか、宿題」
「はい、全部」
 そういうと、先生は偉い偉いと笑ってとくちゃんに視線を戻す。
「ほおら、お前の友達は終わったぞ、お前もあとちょっとだ頑張れ」
「うおおい」
 やる気のない返事をしながら、とくちゃんはまた消しゴムをかけていた。
 ふと先生を見ると、少し顔が青いように見えた。どうしたのかな、僕は首を傾げる。
「先生、具合悪いの?」
「え? あ、ああ。先生、そんな顔してるか?」
 僕は正直に「うん」と答える。だってそう見えるし。その答えに、先生はぼりぼりと頭をかいた。
「いや、な。昨日の夜から悪寒がしてな・・・。いきなり、こうぞくっと・・・。風邪かと思って計ってみたが、熱はなくてな・・・」
 いったい何が原因なんだろうか。
 先生は首を傾げる。
「幽霊にでも憑かれてるんじゃね?」
 悪戯っぽく笑いながらとくちゃんがいう。先生は「馬鹿言うんじゃない」ととくちゃんの頭を小突く。小さな悲鳴を上げながら、とくちゃんは再び宿題に専念し始めた。
 昨日の夜ね・・・。僕はご飯食べてて・・・お父さんが・・・。
 はは、まさか。お父さんが先生の名前を呟いたのきっと僕の気のせいだよ。そう、空耳。
お父さんは関係ないって。
 僕は内心そう思いながら、強ち間違ってはいなんじゃないだろうか・・・。
そんな考えが僕の中を巡る。

「あーだるかったあ・・・」
 帰り道。僕ととくちゃんは人気のない道を歩いていた。
 今日のとくちゃんは元気がないようで(と、いうか疲れたようで)、いつものように石を蹴ろうとはしなかった。
「でもよかったじゃん、今日はもう宿題のことを気にせずに、いっぱいゲームできるよ?」
「毎日気にしてない」
 うわ、きっぱり言ったねとくちゃん。
 せめて欠片くらい気にしようよ。あー、今日宿題やらなくちゃ明日先生に怒られるー、とかさ。
いや、違うか。とくちゃんは僕という存在がいるから宿題をやらないんだ。僕は言いカモってこと?
 冗談じゃない。もう絶対宿題は見せないんだから!
 神様、仏様、ついでに菅原道真にも誓っとこう。

 僕はもう、とくちゃんに宿題を見せません。
 僕はもう、とくちゃんに宿題を見せません。
 僕はもう、とくちゃんに宿題を見せません。

 おっけ、三回誓ったぞ。ってまあ、流れ星じゃないんだけどね。ちょっとでも多く誓っとけば、それなりに強固になるかと・・・。
 あんま期待はできないけど・・・。
「あ、でもさ、今日の宿題の分、秀もやったんだろ?だったら俺んちで今日こそゲームしようぜ!」
 まったく、僕の気も知らないで、とくちゃんは笑顔で言う。
 まあ、いいか。今日は僕もとくちゃんも宿題は終わったんだ。もう四時を過ぎていたけど、とくちゃんちで電話を貸してもらってお母さんに連絡しよう。遅くなるときは連絡しなさいって言われてるしね。
 頭の中で計画を瞬時に立てた僕は、とくちゃんに「いいよ」と返事を返そうとした。

 でも、僕たちはこのとき気づかなかったんだ。背後から走ってくる車に。
 その車に乗ったやつらが、僕を連れさらうなんてこと・・・。

「い・・・うわ!!」
「!?秀!?」
 僕は急に後ろに引っ張られて、車の中に連れ込まれた。それはワゴン車で、僕を連れ込むとスライドドアが勢いよく閉められた。
 ばたん!
 という音共に、車は急発進する。僕は僕の口を塞いでいる布と手をどけようと必死でもがいた。
 けれどもそのごつくて大きな手は、簡単に外れない。お父さんもこんな大きな手をしていたけど、こんなに冷たくなかった。暖かかった。
 ―――怖い!!
 涙が出そうになった。
 急に起きたことに対処しきれずに頭が働かない。それに追い討ちをかけるように、僕の視界がぼやけた。涙のせいかとも思ったけど、頭にどっしりとくる重さ。
 襲ってきたのは、眠気だった。

 窓の向こうに、必死に追いかけるとくちゃんが見えたと思ったら、僕の意識は途切れた。


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