(10)
「あ、美乃里さん! 誘拐犯は?!」
バイクに乗る、いかつい男の人が出てきたお母さんに声をかける。
お母さんは笑いながら、「裏から出ちゃったわ」と答えた。するとその男の人は「なんだ、つまんねー」と大声で愚痴をこぼしていた。
ちょっとお母さん! なんでそんなに平然としてるの!?
明らかにおかしいでしょ! 今の状態は!!
空き家の前には30台を越える改造されたバイクと、50人を越える、所謂、特攻服を着た人たち。
まるでその存在自体が相手を威嚇してるみたいで、僕は思わずしり込みする。だって金属バット持ってるんだよ!!金・属・バッ・ト!!!妙にへこんでるし!!
この存在の名前を僕は知っている。
そうこれは――――――暴走族。
『暴走』―――@むやみに乱暴に走ること。
A無人の車が走り出すこと。
B野球で、走者が無謀な走塁をすること。
C他の思惑や周囲の情況を考えないで物事をむやみにおし進めること。「執行部が――する」
『暴走族』―――オートバイなどを周囲で乗り回し、無謀な運転や騒音などで周囲に迷惑与える若者たち。
僕の頭の中で広辞苑が一気に引っ張り出されて、そんな答えを出した。
ある意味冷静。ある意味混乱。いや現実逃避?
うーん、とりあえず今の状況が僕にとって受け入れられない状態であることは、明確だ。
「お、お母さん、この人たち、なんなの?」
この状態に耐えられなくて、僕はお母さんの服の袖を引っ張る。っていうかお母さんにしがみ付いた。
声は心なしか震えている気がする。いや、気じゃない。震えてる。
するとお母さんはくすくす笑って、目の前の彼らに言った。
「この人たちは、まあ、世間一般で言う『暴走族』ってやつかもね。もう、皆が怖い顔してるから秀ちゃんが怯えちゃったじゃないの」
「うわ! それ酷いですよ、美乃里さん。これは俺らが持って生まれた顔だっつうの」
「だったら愛想笑いのひとつやふたつやって見ろよ」
にっこり笑ってお母さんは返す。その微笑みは凄く綺麗でかわいいんだけど、凄く口調が変わりましたよ。ちょっと。そしてなんだろう、彼らの空気がお母さんから一歩退いた気がするんですけど。お母さんを恐れてって言うか。
「とりあえず、裏へ回りましょう。あなたたちはもう帰りなさい。このままいたら、警察が来て面倒なことになるわ。お礼はいずれさせてもらうから。ありがとうね」
今度の笑顔はとても優しくて、目の前の人たちは照れくさいのか、少し頬が赤い。まあ、お母さんに微笑まれたらどんな男の人でも(中には女の人でも)、一瞬にして堕ちちゃうだろうね。
「そんな、美乃里さん、俺らは当然のことをしたまでですよ」
他の男の人が頬をかきながら言う。すると隣りにいる女の人も「そうそう」と便乗した。
「あたしらはいつでも力になりますよ。なんてったって、孝善さんと美乃里さんはあたしらにとって憧れの人ですからね。そんな二人のお子さんがピンチだったんだ。お二人の頼みも喜んで受けますよ」
憧れ? 頼み? 何の話なんだ。
暴走族のお兄さんお姉さんが、ご近所で人気のほのぼの夫婦を、どう見ても慕っているように見えるんですけど。
ねえ、ちょっと。
僕の心の問いかけに、当たり前だがお母さんは答えないまま、僕の手を引っ張って歩いていく。
すると、周りのお兄さんたちはバイクのけたたましいエンジン音を出して、次々と発進していく。
中には、去り際に「もうさらわれたりすんなよ!」とか、「スタンガンか警棒でも持ち歩け」と気さく(?)に声をかけてくれる人もいた。
お母さんに手を引かれたまま、僕は空き家の後ろに回る。角の向こうから聞こえるエンジン音が、僕に予想を立たせた。
99%、僕の予想は当ってる。勘が当らないことで自信のあるこの僕だけど、絶・対当ってる。
そう、誰がさっきあった状態から予想ができないわけがないだろうか。
それでも心の奥底には1%の望みに、必死にかけている僕がいた。
でも…。
「あー美乃里さん!」
予想は的中するわけで。
裏にはさっきいた表の数には劣るものの、10台を越えるバイクと、20人近くのいかつい人々。
彼らは家の周りに円陣を組み、その真ん中、ブロック塀の近くにはリーダーとカバ夫が震えながらへたり込んでいた。ぶっちゃけ間抜けだ。
その傍にはお父さんが平然と立っている。
僕らが来ると、円陣を作っていた彼らの一部が道を開けてくれて、僕とお母さんはすんなりとその中に入ることができた。
…あんまり入りたくないんですけど。
「よかった、逃げてなかったのね」
嬉しそうにお母さんが言うと、円陣の一人が「あったり前ですよー」と声を上げていった。
そうだよねー当たり前だよねー。
塀を登りきったら、こんな金属バッドとか木刀とか持った武装状態のバイク集団がいたら、マジで足竦むって。
目とかかなり怖いもん。
僕たちが来たことを確認したお父さんは、お母さんとなにやらアイコンタクト。
頷き合うと、お父さんが円陣の一人の男の人に声をかけた。
「荘司。お前と陸は残って。あとは解散させて。警察、そろそろ来るだろうから」
「分かりました」
無表情のお父さんとは対照的に、荘司と呼ばれた明るい笑顔を見せた男の人はまわりに解散を呼びかける。
号令を聞いた円陣の人たちは、お父さんとお母さんに一声かけて、けたたましいエンジン音と共にその場を去っていく。
10台を越えるバイクが去ったあとというのは、なんだか嵐が去ったあとみたいだ。
残ったのは20代前半くらいの二人の男の人。
お父さんが言った、荘司と陸という人なんだろう。
この人たちは特攻服とかは来てなくて、パーカーにジーパンという、暴走族には少しミスマッチした感じ。
荘司という人も、陸という人も、落ち着いた優しい顔をしている。喧嘩が強いとはどうも思えないけど、みんなに号令を出しているところを見ると、みんなのリーダーか何かだろうか。
「お父さん」
僕はお母さんの手を離してお父さんに駆け寄る。異様な光景が消えて、僕は一安心して、だいぶん落ち着いていた。
駆け寄った僕を、お父さんは頼みもしないのに抱きあげると、ぎゅーっと抱きしめた。
もう大丈夫なのに…。お父さんは心配性だなあ…。
僕はちょっと恥ずかしくなった。
「ははは、その子がお二人のお子さんですね。美乃里さん…お母さんにそっくりだなあ」
陸という人は、抱き上げられた僕の顔を覗き込んだ。びっくりして思わず顔を引くと、陸さんはそれを見てくすくす笑う。
「ごめんごめん、驚かせたね。俺は陸。まあ、君のお父さん、孝善さんの後輩だよ」
なんの? とはあえて聞かないことにした。
陸さんは一見、暴走族に入っているとは思えないほど、人柄がよさそうだ。人は見かけによらないってやつだよね。
「秀善、です」
自己紹介されたからには、こちら側も名前を言わなきゃならない。
これはまあ、常識かな。すると、陸さんは「礼儀正しいね」とまた笑った。それを見たのか、もう一人残った荘司さんが顔を出した。
「俺は荘司。陸と同じく孝善さんの後輩だよ」
この人もいい人そうだ。
差し出された手に、名前を言って僕はお父さんの肩越しに応える。
そしてやはり、なんの? とはきかない。自分的にも予想はついてるんだ。
でも、後で聞く機会があったら聞いてみよう。
僕の勘は当らない。はずなんだけど、最近僕の勘はさえてるなあ…。あんまりこの勘は当ったりしないで欲しいんだけど。
「あ、警察が来たわね」
「いつ呼んだんで?」
「呼んでないわ。きっとあなたたちがこんなところでエンジン吹かすから、迷惑がってご近所の方が呼んだんでしょうね」
荘司さんの言葉に、お母さんは苦笑いしながら答える。
段々と、ゆっくりとだけど、パトカーが一台、音は鳴らさず光だけを回してこっちにやってくる。
「話してくるわ、あなたたちはそこの二人を見ててくれるかしら?」
「そのために残したんでしょ?」
「あら、わかってらっしゃる」
陸さんは苦笑いして言う。お母さんはくすくす笑って、やってくるパトカーに手を上げながら歩み寄っていく。
お父さんは僕を降ろすと、お母さんの後を追った。
なるほど、わざわざ二人残して解散させたのは、リーダーとカバ夫が逃げちゃわないためか。
さすがに二手に分かれられると、さっきも言ったけど、お父さんだって捕まえられないだろうし。
ってふたりとも足竦んでるみたいだし、逃げたりしないと思うんだけどなあ。
まず僕は逃げないね。正直言って、暴走族に囲まれるというものは、尋常じゃない恐怖を与えると思うんだ。
「あの…」
二人が警察官の人と話をするのを目に入れながら、僕は二人に思い切ってたずねることにした。
「なんだい?」
優しく聞き返してくれたのは、陸さんだった。荘司さんもこっちに顔を向けながら、へたり込んでいる二人の傍から離れようとはしない。
「陸さんと荘司さんは…お父さんとお母さんと、その、どんな先輩後輩関係なんですか?」
「ああ、それか。まあ、言っていいんだろうね、こんな大々的に登場しちゃったわけだし」
うんうん、と陸さんは一人頷く。
ああ、勘が当ってくれませんように。
僕の勘が当るのは、競馬の万馬券がでるのと同じ確率なんだよ。って計算なんてしたことないけど。
「まっ、まずは学校ではないよ。会社でもない」
「つまり…」
「秀くんはさっき見たでしょ、世間一般で言う、まあ暴走族の存在」
「ええ、まあ…。ってことはやっぱり」
「ああ、やっぱり予想つくよね。そう、俺たちは孝善さんが入ってた暴走族の後輩ってわけ」
ああああああああああああああああ。
僕はショックのあまり、「あ」を16回も言っちゃったよ。
予想していたこととはいえさ、ショックなもんはショックなんだよ!
お父さんが怖い人たちと一緒にけたたましい音立てて、バイク乗り回していたなんてさ!!!
ん?
じゃあ…
「お母さんとは??」
そうだよ、お母さんとはどうなんだよ。二人とも、お父さんの後輩であって、お母さんの後輩とは言ってない。
すると、陸さんは笑顔で答えてくれた。
「美乃里さんは別チームにいたんだよ」
ガーン!!
ガーンガーンガーン!!!!
僕の頭の中で鐘が打ち鳴らされる。うるさいくらい、ショックという鐘が…!!
半ば固まる僕に見向きすることに、陸さんは以前笑顔で、飄々と答えた。
「いやあ、俺たち自体は別に一緒に行動してたわけじゃないんだ。年が10歳以上離れてるし、孝善さんがチームを離れたのは10年以上前だそうだし。でも、チームでは孝善さんの話は伝説みたいに残っててね。たまーに孝善さんも顔出してくれるし」
顔なんて出してたのかよ、お父さん。
思考回路がまだ働くのは、僕としては凄いと思う。うん、今日の僕は凄いよ。四教科全部のテストで100点取るより凄いんじゃないの??
そんな凄い僕の中に、またまた疑問が浮かぶ。
「あの、その伝説ってどういうもんなんですか?」
「え? ああ、それはね、秀くん、『特攻隊長』って知ってるかな?」
とっこうたいちょう?
えーっとあの、なんだかテレビで聞いたことあるような、ないような…。いや、あるな。
「確かチーム同士で喧嘩するときに、前線を張る人、ですか?」
当ってなければいいんだけど。
けれども当ったようで、陸さんの顔がぱあっと晴れる。
どうにかしてくれ、今日の僕の勘!! 僕の100年分の勘を使い果たす気じゃないだろうね!!!
「そうそう、良く知ってるねえ。つまり、孝善さんはその特攻隊長だったわけ。わずか16歳で特攻隊長となって、多いときで総勢100人引き連れてバイクを走らせたって話。相手チームのメンバーを、一人で30人のしたとか、50人のしたとか…。一応、今んとこの特攻隊長は荘司でね。あいつはそのせいか、俺以上に孝善さんに憧れるよ」
……。
もう、僕は、どうすればいいのか。
「見たかったなあ」と、半ば頬を赤らませながら言う陸さんの隣にいる僕は、哀愁漂ってるに違いない。
道理で喧嘩が強いはずだよ。
そんでもって荘司さんの号令に、彼らがちゃっちゃか従った理由もはっきりした。特攻隊長だったんだね。
呆れって言うか、諦めって言うか、そんな息を吐き出す僕の横で、陸さんは続ける。
「で、美乃里さんなんだけど。あの人は別チームだったんだけど、それでも俺たちのチームにも語り継がれてるよ。あの人も女なのに、特攻隊長だったんだ」
「……お、お母さんも、ですか」
「そう。あの人も前線に立って大勢引き連れて、一人で何人もなぎ倒したって話。女だったけど、チームの連中も一目置いてたみたいだね。でないと女が特攻隊長なんてできないだろうし。そんでもって、凄かったらしいよ、二人の戦いは」
「ふたり?」
「君の両親だよ」
ああ、神様、助けてください。嬉しそうにいう陸さんの笑顔が眩しいんです。荒んだ心には眩しいんです。
彼の優しい笑顔と柔らかい口調は、今の僕にとってはとげなんです。
僕は知らなくていいことを、どんどん知っている気がします。
いえ、知りたくないことを。
現実から目を背けたい気持ちでいっぱいです。神様、どうか僕からこの日の出来事の記憶を、消し去ってはくれませんか?
…って無理なんだけどさ。
ぶっちゃけ僕んちはキリスト教じゃないしって、それ以前に無宗教だし。ってさらにそれ以前にそんなこと不可能だし。
つまりだよ、陸さんの話をまとめると、お父さんとお母さんの昔は、そりゃあすごい暴走族だったってわけ。
そんでもってふたりとも別のチームだったけど、両方で特攻隊長をしていて、恐れられてたんだね。
それは、今日の出来事によって証明されてる。
一.お父さんとお母さんの喧嘩の強さ。
お母さんは一発でカバ夫を殴り倒したし(見てないけど)、お父さんはリーダーとカバ夫をあっさり倒してたし、ドアを一発で壊したようだし。
二.大勢の暴走族。
曲者ぞろいの人たちが、お父さんとお母さんのいうことに素直に従ってたって、しかも皆慕ってるようだった。伝説とやらのせいだろうか…。
がっはー。
たった二つでこれほど信憑性があるとはね〜。
お父さんもお母さんも、昔は周りの人の迷惑を考えずに、道路を我が物顔で走ってたってわけか。
……ん?
道…路??
夜??
ああ、なるほどねえ〜。
もう僕は諦めたように、話をしてくれた陸さんにお礼を言って、警察の人と喋っているお父さんとお母さんを見た。どう見てもお母さんしか喋ってないけど。
お巡りさんは無線で連絡を取っているようだ。そのうちもっと多いパトカーが到着するんじゃないだろうか。
大人しくへたり込んでいるリーダーとカバ夫を見た。荘司さんがちゃんと見張っているし、逃げることも無さそうだ。
陸さんに目を向けると、丁度こっちを見ていたようで、目がばっちり合った。にこーっと笑顔を向けられ、に、にこー、っと笑顔を返して今度は、またお父さんとお母さんに視線を戻す。
すると、一人のお巡りさんがこっちへやってきた。荘司さんが色々と受け答えする。
僕は空に目を向けてみた。さっきよりもオレンジの色は濃く、当たりを真っ赤に染めていた。
なんだか、今日一日いろいろ合ったなあ。
みょーに長かった気がする。命の危険まであったのに、僕のこの落ち着きようはなんなんだろう。
きっとあれかな、開き直っちゃってるのかな、僕。
もう、ほんと凄いよ。今日ほど自分で自分を褒めたくなった日はないよ。
10年分ぐらい寿命が縮んで、10年分ぐらい年取った感じ。
とりあえず、こうだね。
今日の僕、お疲れ様。
この言葉に尽きる気がする。
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