(エピローグ)

 あれから、何台かのパトカーが到着して、リーダー、カバ夫、キィ子の三人は御用となった。
 三人とも、逆らう気なんてまったくないようで、大人しくパトカーに乗ろうとした。
 乗ろうとする直前、なんとなく僕はキィ子に駆け寄った。
 キィ子は、苦笑いして僕の頭を撫でた。優しく、優しく。
「本当にごめんね」
「ううん」
「あんたは優しいねえ、将来苦労するんじゃない?」
 くすくす笑うキィ子の言葉は、あながち間違いないんじゃないだろうかと思った。
 実際、今日の出来事に、僕は振り回されてばかりだ。
「ま、娑婆に出られるように頑張るよ。あんたもしっかり勉強して、あたしらみたいな人間にならないようにね」
 そう言って笑ったキィ子の顔が、近づいて、何が起こるのかと目をぱちくりとさせていたら、温かくて、柔らかいものが僕のおでこに優しく触れた。
「じゃあね」
 悪戯っ子みたいに笑ったキィ子はウィンクして、パトカーにそそくさと乗り込んだ。
 僕のおでこに触れたものがなんなのか、分からなくて呆然としていた。
 するとお母さんが、おかしそうに、「まあ、秀ちゃんも隅に置けないわね」と笑った。人差し指を、唇に当てて。
 その瞬間、それを理解した僕は、真っ赤になって固まったのは、まあ内緒ってことで…。
 ともかく、僕ら家族三人は、警察署にいって事情聴取された。
 とくに僕はどんなことをされたとか、結構突っ込んできかれたけど、ぶっちゃけたところ、さっさと帰りたかったのが本音だ。
 早く帰って、お母さんのご飯食べて、あったかいお風呂は入って、お父さんに宿題を見てもらって、ちょっと遊んでもらって、ふかふかのベッドでぐっすりと寝たかった。
 だから僕は、曖昧に答えてやった。
 すると思いのほか、っていうかそれが功を奏したのか、事情聴取はすらすら進んで、お役ごめんとなった。
 といっても、僕は誘拐された身だから、後日来るように、って言われたけど。僕が子供で、恐ろしい体験をしてきたと思ったんだろう、さっさと帰らせてくれたのかもしれない。
 藤木先生も軽い事情聴取を受けてたみたいで、終わったあと、僕を心配しながら帰って行った。
 明日は休んでもいいぞ、って言われたけど、大丈夫だよ、と笑って返した。
 警察署を出ると、外は真っ暗で、僕はお父さんとお母さんに挟まれて、二人と手をつないで歩いて帰ることにした。
 たまには甘えたっていいよね。
「秀ちゃんが誘拐されたと知ったときは、心臓が止まるかと思ったわ」
 お母さんが頬を手に添えて、ため息混じりに言う。
「徳輔くんから話を聞いてね」
 あ、そういえばとくちゃんが教えたんだよね、僕がさらわれたの。あの場にいたのはとくちゃんだし。
 じゃあ、心配してるだろうなあ。
 すると僕が考えてることが分かったんだろうか、お母さんが「大丈夫よ」と言った。
「徳輔くんも凄く心配しててね、っていうか凄く混乱してたんだけど。とにかくおうちに帰しといたの。それで秀ちゃんを助けた後、心配してたから、藤木先生に頼んで電話してもらったのよ」
 そっかーじゃあ、大丈夫だね。
 でもとくちゃんが誘拐されなくてよかったよ。あんな怖いのもうごめんだし。
 僕はつないだ手を振りながら、ふと思い出した。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「お父さんと出会ったの、夜で道路っていってたよね?」
「そうね」
「じゃあ、やっぱりそれって暴走族のとき…ってことだよね?」
 僕が恐る恐る、遠慮がちに聞くと、お母さんはコロコロ笑って言った。
「やあねえ、秀ちゃん。お母さんたちはただたんに、お巡りさん振り切ってバイク乗り回してただけよ」
 それを暴走族って言うんだよ。
 僕は青くなるが、お母さんは笑ったまま。お父さんはこくこくと頷くだけだ。
「でもそうねえ、そのころにお父さんと出会ったわ。ねえ、孝ちゃん」
 くすくすと笑うお母さんに、お父さんはまたこくこくと頷く。
 お母さんは遠くを見ながら、懐かしそうに言葉をつむいだ。
「お母さんは特攻隊長。お父さんは別のチームの特攻隊長。お母さんは当時最強だって言われてたお父さんに、金属バット持って殴りかかったっけ」
 …お母さん、それは懐かしむところなの!?
 心なしかお母さんの目がうっとりとしてるんですけど!!
 お父さんを見れば、「そうだったそうだった」というように、またこくこくと頷くだけ。
「お母さんね、これでも昔はかなり恐れられてたほうなのよ? だからお父さんに殴りかかって、避けられたのは初めてでね。ちょっと悔しかったから、何度も何度も殴りかかったっけ…」
 …だめだ。僕はどうコメントすればいいのか分からない!!
 お母さん何だか一人別世界ってるしさ!!
 なんていうか、「あの頃は若かった…」って言うようなレベルじゃない気がするんだけど…。
「でもぜーんぶ避けられて、息切れしている間にお巡りさんが来て、お父さんのチームは撤退。悔しかったなあ」
「それが、初めての出会い?」
「・・・・・・お父さんはその前からお母さんのこと知ってた」
 ずっと頷くばかりだったお父さんが、ぼそっと小さな声で言った。久しぶりな発言だったので、ちょっとびっくりしたのは、まあ内緒。
「そうなんだ」
「うん」
 お父さんは頷くと、僕の腕を引っ張った。うお!身体が持ち上がる。
 するとお母さんもぐいっと僕の腕を引っ張り上げて、宙ぶらりん。
「わあ!」
 二人の腕が下に下がり、僕の足が地面に着地したかと思うと、また身体が上がって、それが何回か繰り返された。
 最初はびっくりしたけど、なんだか面白くて、お母さんの話にびっくりしてた自分がおかしくなって、思わず笑ってしまった。
 声を上げて笑うと、お父さんは声を上げなかったけど、いつもの無表情とは違い、顔に笑みを 浮かべて、お母さんもくすくすと笑った。
 何が理由かは分からないけど、何だかとっても幸せで、三人で家までの夜道を歩く間、ずーっと僕たちは笑ってた。笑っていると、凄く幸せな気分になった。
 笑うっていいね。

 あーあ。もういいや、お父さんとお母さんが元は暴走族でも。
 結局は僕の両親に違いない。
 

 そう、僕の大好きな、無口なお父さんと、お喋りなお母さんに、違いはないのだから。

END


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