第9話 ボリジ(鈍感)


――6月15日はソウの誕生日やねんで〜(^0^

先日知り合った青年から夜に送られてきたメールには、そんな内容がつづられていた。
それは、13日のこと。


「はっぴーばーすでー!!」

早朝6時。
朝っぱらからけたたましいクラッカー音とともに、総次郎の家に現れたのは、幼馴染にしてバンドのボーカル・相原和武だった。
いつもだったら「こんな朝っぱらなんのようだ」と怒っただろう総次郎は、彼から告げられた真実にそんなことを忘れて目を丸くした。

「…………え?今日って俺の誕生日??」

「は!?なにいうとんねん!!!」
目を丸くした総次郎に対し、和武は目を見開いた。
「今日は6月15日!!お前の22歳の誕生日やないか!!」
今にも胸倉を掴みそうな勢いの和武だったが、総次郎は依然としてポカンとしていた。

どうやら本当に忘れてしまっていたらしい。

「あーほんとや…今日俺の誕生日やん…」
普段は喋らない――幼馴染の前でしか話さない――地方特有の方言が彼の口から小さく漏れる。
どうもこの年齢になると、自分の誕生日に疎くなってしまう。
いや、自分の誕生日だけでなく、他人の誕生日にも疎くなる。
小さいころ、特に小学生ごろまでならともかくとして、20を越えた男が毎年自分の誕生日を気にするのも変な気がしないでもない。
昔のように、誕生日パーティを開いてくれる家族は、遠く離れた西の地にいるのだから。

「22歳かあ…年取ったなあ…」

しみじみと呟く総次郎に、和武はがっくりと項垂れた。
そういえば、去年もすっかり忘れていたのだ。
デビューしていたとはいえ、ぜんぜん売れていなかったので、自分の誕生日よりその日のアルバイトのことで頭がいっぱいだった。
「そんなん22歳以上の人が聞いたら怒るで」
「いやあ、でも思えば22年も生きてるんやで」
「まだ22年やろ…」
ほくほくとなんだか嬉しそうな総次郎に、和武は突っ込む気力も失せて、肩は段々と下がっていく一方だった。
「で?朝飯は食ったんか?」
この話題はおしまいとばかりに総次郎は和武に訪ねた。
昔からこの人間はあまり自分に対して頓着がない。
和武は肩からいっせいにため息を吐いた。
「まだやけど…」
「じゃあ、祝ってくれた御礼に食っていき。卵の賞味期限切れそうで悩んでたところやし」
あがれあがれと幼馴染に催促されて、和武ははいていたサンダルを脱いで総次郎の部屋へと上がっていた。
そういえば、この男は手先に関しては異様に器用で、料理でも裁縫でもなんでもやってのける人種だった。
そして人間関係は異様に不器用で、奥手でよくドジをする人種だった。

―――ファンの人らが知ったらどんな反応見せるやろうな…

冷蔵庫から鼻歌を歌いながら卵を取り出す総次郎を眺めながら思う。
一応テレビの前ではクールキャラで通っているのだ。
普段口やかましい自分がぼけキャラだと思われているようだが、それは違う。
むしろボケは総次郎だ。天然がつくボケなのだ。奥手でどうしようもない天然ボケなのだ。

―――そんなんやから華果ちゃんからアドレスも聞けへんねん

居間にどかっと腰を降ろした和武は、いまだに鼻歌を歌う総次郎の背中を眺めて心の中で毒づいた。
換気扇をつけていたものの、油の焼けた匂いが部屋に広がる。
「なあ、ソウ」
「んー」
「お前、今日特別に祝ってくれる人とかおらんのか?」
「…え?お前ら祝ってくれへんの??」
「そういうことやなくて…!」
振り向いた総次郎はどこか寂しそうに眉を下げていた。
的外れな解答に、和武は思わず倒れそうになったが、なんとか堪える。
「誕生日なんやし、一緒に過ごす女の子とかおらへんのかってきいとんねん!」
総次郎は半熟に焼けたの卵を皿に盛りながら、眉をしかめた。どこか不機嫌そうだ。
「お前、俺に彼女おらへんこと知っとるやろ」
「わからんでー。俺らに気づかれへんよういい人つくっとるかもしれんやん。お前って俺らからかわれるからって隠してそうやもん」

これは本当だ。
総次郎は結構からかいやすい人物で、昔から冗談をよく真に受けていた。それは今でも変わらない。
どうやら総次郎自身もそう自覚しているようで、見ればなんともいえない、苦い顔をしていた。
「けど、おらへんのは本当やし。それに、今日収録やろ?なんか、そのあと打ち上げ行くとかいかんとかいう話もあるし…」
総次郎はため息をつきながら皿を丸テーブルの上に置いた。続いて炊き立ての白ご飯の入った茶碗もおいていく。
そう、今日はケーブルテレビの音楽番組の収録があるのだ。
何組かのまだ新人といってもいいアーティストが出る番組で、その中の司会のベテランタレントが飲み会好き。その番組には2回ほどでさせてもらっているのだが、二回とも打ち上げに付き合わされた。

閉店時間まで。

三回目である今日も、多分つき合わされるだろう…。
その人のおごりだから、ただ飯にありつけるのはおいしいのだが、やはりそれでも和武は納得できない。
幼馴染を例の彼女との仲でからかってもやりたいが、やはり協力してもやりたい。
だが、ネタバレするのはまだはやい。

「どうしたもんかなー…」
「何が?」
茶碗と箸を手に取り、ベランダの向こうに見える青い空を眺める。
きょとんとした顔を向ける能天気な幼馴染に、和武はため息をついた。

「お前のへたれ具合」


***


そんな二人の幼馴染のやり取りが繰り広げられる2日前。
仕事を終え、風呂から上がった華果はもう購入して2年目になる携帯電話で話をしていた。
「うん、その…それでね、男の人って何もらったら嬉しいの?え?ち、違うのそういうんじゃなくて…ちょっと気になるっていうか…こ、こら!からかわないで!!」
あまり表情が変わらない華果が顔を真っ赤にして拳をつくり、相手を叱り付けていた。
「え?Tシャツ?シルバーアクセにCD…?なんか相手の好みと外れると痛いものばっかりね…ってそれあなたの趣味じゃないの…」
呆れる華果に、「聞いてきたのは自分ではないか」と抗議の声があがる。
「ごめんって…え?そうねえ、おしゃれな人だと思うわ。背は高いし、かっこいいし、やさしいし…」

見せてくれる笑顔が綺麗で素敵で…

無意識のうちに思い出すのは彼のこと…。
できるなら、彼が生まれた日に、何かを渡したい。

―――会えるかどうか、わからなくても…。

『――っ!』
「! あ、ごめん、聞いてなかった…ごめんって、そんなに怒らないでよ…」
思わずトリップしてしまっていた華果に電話の相手は怒っていたようだが、すぐにからかいの言葉が返ってきた。
『いい人ができたんだ』と。
「だから、そんなんじゃないって…!ちょっと、聞いてるの?笑わないでよ、こっちは真剣なんだから!」
普段出さない、荒げた声で電話の相手に言うが、向こうは嬉しそうに楽しそうに笑うだけだ。

―――この子に相談したのは間違いかもしれない…。

男の友達が少ない華果にとって、この電話相手が唯一男性の趣味などを聞ける相手だったのだ。
けれど忘れていた。この子は自分をからかったりするのが好きなのだ。
「うん…あーそれか、じゃあそれにしてみようかな…うるさいわね、あなたほどではないけど、なんとかいいの選んで見せるわよ」
華果のファッションに対しての疎さをつかれ、思わず行き詰る。
この子は昔から自分とは違い、センスの良いものを自分で選んで着ていたし、着せられてもいた。
別に、自分のファッションが酷すぎるというのもないと思うが…。
「(いつもTシャツにジーパンだもんなー)」
プラスエプロンと、色気がなさ過ぎなのはわかってるが…。
「(…今思えば、ずっとそんな格好で総次郎さんに会ってたんだ…)」
仕事上のこととはいえ、華果は若干血の気が引いた。
「ん?ううん、ちょっと自分が空しくなっただけ…なんでもないの。うん、おやすみ。ちゃんとあったかくして寝るのよ?何言ってるの、私にとったらあなたはずっと子供よ。文句言わない、うん、お母さんにもちゃんと言っとくわ、はい、おやすみなさい」
就寝の挨拶を相手に告げ、華果は電話を切って壁にかかっている時計を眺めた。夜の11時過ぎ…少し付き合わせすぎただろうか、まあ、近頃の高校生は結構長いこと起きているもんだし…。
「将か?」
そう問いかけてきたのは、自分の仕事部屋から出てきた母である薫子だった。
「うん、お母さんによろしくって」
「『よろしくね』、だったら、久しぶりにでも帰って来いって」
大きなあくびをしながら居間から台所へ向かい冷蔵庫を開ける。そんな母の背中を眺めながら、華果は苦笑いをした。
「仕方ないよ、あっちはあっちで仕事に学校って忙しいんだから」
「仕事ね…何もガキんころから仕事しなくてもいいと思うんだがなー」
「反対しなかったのはお母さんでしょ。まあ、楽しんでるみたいだからいいけどね」
「我が息子がモデル業とは…つくづく世の中は不思議だ」
「まあ、私も弟が雑誌に載ってるのって未だに変な感じするけどね」
先ほどの電話の相手は華果の弟だった。
小学生のころにスカウトされたのをきっかけにモデル業を始め、今では一人暮らしをして高校生をしながらモデル業に本格的に打ち込んでいる。
熱心になるのもいいが、身体のことには気遣ってほしいと華果は思っているが、弟はそんな姉の気持ちをわかっているのだろうか…。
ふうとため息をついていると、冷蔵庫から冷えたリンゴジュースを取り出してきた母が雑誌片手にどかりと華果の前に腰をおろした。
いつものことだが、あまり女らしいとは思えない。

「で、お前15日はどうするんだ?」
「え?」

母の言葉に、華果はどきりとした。15日は―――。

「何言ってるんだ、ソウの誕生日だろ?なんかあげたりするのか?」
あっけらかんと聞いてくる母に、華果は顔を真っ赤にさせた。

「ななななななな何で知ってるのよ!」

薫子は思っていたのだが、最近娘の表情が明るくなってきた気がする。
明るく、というかよく表情を変えるというか。
「(わが娘ながら、いっつもぼけーとした顔が多かったんだけどなー)」
怒った様子の華果を眺めながら、母親なりにそんなことを思ってみたりする。
これがまあ、おそらく―――恋、というやつなのだろう。

――――――本人は気づいていないようだが。

「何でって、将が載ってた雑誌にソウ、というかフリージアが載っててだな、そこにメンバーのプロフィールが載ってたんだよ」
ホレ、と薫子はそのページを華果に向けてやった。
確かに、そのプロフィールは載っていたが、なんだかやりきれないのは気のせいだろうか。
「で?お前は何かやるのか?」
「それは…まだ考え中…ってどうして私が総次郎さんにあげるのよ!」
華果の顔は沸騰寸前だ。
身体中熱くなりすぎて、もう思考もまともにならない。

どうしてこんな気持ちになるのだろう。
今までこんな経験などしたことがない。

わけのわからない身体と心の異常に華果は戸惑うほかなかった。

「別に不思議なことじゃないと思うがなー。ソウもソウで喜ぶと思うぞ?」
鈍い娘に、薫子はマイペースに本音を言う。

別に不思議なことではない。好きな男の誕生日にプレゼントをするのは当然だと思うし、好きな女から誕生日プレゼントを貰うことはうれしいことだと思うのだ。

「私も何かやろうと思ってるんだが、何がいいかな?」
「な?!どうしてお母さんがあげるのよ、総次郎さんはお客さんじゃないの」
「そうか?私とソウはどちらかというとダチに近い気がするが…」
会話だって、客であるはずの総次郎が薫子に対して敬語であるし、薫子は総次郎に対してかなり態度が大きい(本当のところ、薫子はだいたい誰に対しても態度は大きい)。
客と店員というより、友人である。
「そ、そうかもしれないけど…」
どこか悔しそうな華果の様子に、薫子は若干楽しくなった。
表情をころころ変えてくれることも嬉しいし、自覚なく妬きもちを焼く華果が面白かったのだ。

客と店員。

華果と総次郎は未だにその壁を越えられずにいた。
傍から見ればそんなことはないが、二人は気持ち的に近づけていない。
近づきたいが総次郎は奥手。
華果は近づきたい理由に気づけない鈍感。
「ま、悔しかったら携帯の番号ぐらい聞きだすんだな」
じれったい二人の関係に、思わずいやらしい笑みを浮かべた薫子は挑発的に華果に言った。

「大きなお世話です!」


彼の誕生日まで後二日。

何を渡せば彼は喜ぶだろう?

何を渡せば彼の笑顔が見れるのだろう?
 
彼と彼女は客と店員。

それ以上でも、それで以下でもない――――と思う。


〜ポリジ〜end next〜キンセンカ〜

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