第4話 ストロベリーキャンドル(幸運を呼ぶ)


「へえ、君が例の子かあ」

 気配もなく店へ足を踏み入れた青年に、華果は思わず身構えた。
 青年はまじまじと華果を見て、目が合ったことに気づくとにっこりと人のよさそうな笑みを向けた。
「いらっしゃいませ」
 恐らくは客だろう。
 そう結論付けた華果は、おずおずと歓迎の言葉を述べる。
「はい、いらっしゃいました」
 普段、客はこんな言葉を返すことがあるのだろうか。
 笑みを浮かべたまま、おかしな返答をする青年に、華果は戸惑うしかない。
 かといって追い払うわけには行かない。

 一体何が『例の子』なのだろうか。

「どんなものをお求めですか?」
 尋ねてみると、青年は頷く。
「そうだね、人に贈ろうと思うんだけど、今の時期の花で良いの作ってくれないかな?」
「わかりました。失礼ですがご予算は?」
 良かった客のようだ。
「そうだなあ、5000円くらいで」
「はい。じゃあ、こんなのがいいとかあります?」
「うーん、ふわふわした感じで可愛らしく」
「わかりました。やってみますね。申し訳ありませんが、少しお待ちください」
 華果はそそくさと仕事に取り掛かり始めた。

 ふわふわした感じで可愛らしく。

 と心の中で青年の注文を反芻させる。
「(となると、ピンクとか、白とか…あと、薄い黄色とかがいいかしら)」
 種類と色別に入っている花々を手に取りながら、どのような花束にするか考えていく。
 あんな感じで、こんな感じで。
 誰かに贈るのであったら、メッセージも添えてもらえば、相手も嬉しいのではないだろうか。
 そう思って華果は振り返った。
 ずっとこっちを見ていたのだろう、青年とぱたりと目が合う。青年は少し目を見開いたが、すぐににっこりと笑った。
 そんな笑みに多少ひるみながらも、用件を告げる。
「誰かに贈られるのであれば、メッセージカードをお書きになりますか?」
「そうだね、せっかくだから、書かせてもらおうかな」
「じゃあ…」
手に持っていた花々を空のバケツに入れると、カウンターから可愛らしいものや、シンプルなものなど、色々なメッセージカードを取り出した。
「お好きなものをお選びください。こちらにペンがありますので」
いくつかのカラーペンをカウンターの上に置き、華果はさっと自分の仕事を再開した。
「(ふわふわしてて、可愛い…。恋人にでも贈るのかな)」
 だとしたら、なんてロマンチストな青年なのだろう。花を贈るなんて…。
 人が誰かに花を贈るのには様々な理由がある。祝い事や、それとは正反対の哀しい別れのときにも…。
 人によって理由はたくさんあるが、青年は何を想って花を贈るのだろうか。
 青年はなかなかの美男子だ。
 すらりとしたバランスのよい長身に、整った顔は落ち着いた雰囲気をかもし出す。

「(そういえば、総次郎さんもかっこいいよね)」

 初めて会ったとき、彼は女性に追いかけられていたくらいだ。彼は充分美男子に入るだろう。
 外見より中身派の自分でもそう思えるのだから。
「(まあ、総次郎さんは充分いい人だけど)」
 ふわふわと人懐っこい笑顔を向ける彼が浮かぶ。彼は本当に人見知りが激しいのだろうか。
 この前、人見知りが激しいからと悩んでいた彼を思い出して、思わず笑みがこぼれた。
「(って、なんで総次郎さんのこと考えてるのかしら)」
 急に気恥ずかしくなって、慌てて青年の言う花束に仕上げようと、少し遠いところにあった薄黄色の花に手を伸ばしす。
 そういえば、前回店に来てくれたとき、からかわれてムキになってしまったが、嫌な気分はなく、寧ろ幸せを感じた。

「(不思議な人―――)」

 白い花を手に取り、件の人を想う。
 不思議な人だ。
 怒っているはずなのに、幸せを感じさせてくれる。

「(ふわふわ)」

 青年が注文した花束は、どこか彼とかさなる。
「(ふわふわ、かわいい…。恋人に贈るのよね、これ)」
 憶測だが、華果はそれをイメージして花に手を伸ばす。
「(恋人――。総次郎さんって、彼女、いるのかな…)」

かっこいいし、きっといるのだろう。

あんなに、優しいのだから―――。

そう思った途端、胸にちくりと何かが刺さった。
何かと思って胸をさすったが、何もない。
でも少し、息苦しい。

「(大丈夫大丈夫。今は仕事中)」

深呼吸をして、手に取った花々を形よく整えていく。
どこかで、彼をイメージしながら―――。

そんな華果の後姿を、青年はじっと見つめていた。


「お待たせしました」
「ありがとう。うん、イメージ通りだ」
「そうですか? ありがとうございます」
青年が満足したように微笑むと、華果はほっとため息をついた。
喜んでもらえることはもちろん嬉しいが、何せ途中で彼をイメージしながら作っていたから、青年の注文とずれてしまわないかと思っていたのだ。
薄い黄色と薄いピンクの紙に包まれた花束は、ほのぼのとした雰囲気をかもし出していた。
「では、メッセージカードをつけさせていただきますね」
「うん、お願いします」
 たった一枚のメッセージカードには、丁寧な字で、たった一言だけ書かれていた。

―――『頑張れ』

「頑張れ、ですか」
 思わず読んでしまったが、青年は読まれたことに不快感を示すこともなく、微笑んだまま、そうだよ、と頷いた。
「色々と、応援してあげなきゃね」
 にっこり笑った青年の笑顔は、恋人というよりも、仲間を想う笑顔だった。

 会計をすまし、華果は「ありがとうございました」と青年に頭を下げた。

「君になら、任せてもよさそうだね」

「え?」
 頭上から降ってきた青年の言葉に、思わず顔を上げたが、ただそこにはにこやかに笑う青年がいるだけだった。
「なんでもないよ」
 そういうと、青年は礼を言って華果の店を後にした。
 大きな花束を抱えて。
「…どういうことかしら」
 店に入ってきたときといい。
華果は青年の背中を見送りつつ呟く。

「…あと、どっかで見たことあるような―――??」

青年の顔を思い出しながら、華果は一人、カウンターで首を傾げた。


黒い車からおり、花束を抱えた青年は、とある五階建てのマンションに向かった。
持っていた鍵でセキュリティーを解くと、自動ドアが開き、そのまま中へと入っていく。
エレベーターを使い四階で降りると、迷わずに目的の部屋の呼び鈴を鳴らした。
暫くして、呼び鈴の向こうから『はい』と、男性の声がした。

「ソウ、入れて〜」

 呑気な声で呼びかけると、向こう側からあからさまなため息が聞こえてきた。

「開いとる。入るならさっさと入れ。いつも勝手に入ってくるくせに」
 呼び鈴の向こうから呆れ声が聞こえてくるが、青年は気にせずドアを開けて部屋の中へと足を踏み入れた。
「鍵閉めないと、危ないぞー」
「うるさいな。何しに来たんだよ、コウ」
 居間には一人の機嫌が悪そうなひとりの青年がいた。
 これまた入ってきた青年は、そんな彼を気にすることなく、にやりと笑って持っていたものを差し出した。

「総次郎くんにプレゼント」

 青年が彼女の店で買った『ふわふわした感じの可愛い』花束だった。


〜ストロベリーキャンドル〜end

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