第3話 ブルーデージー(かわいいあなた)


「華ちゃん華ちゃん、この花はなんていうの?」
「それはデージーです」
「これは?」
「それはエリゲロンです」
「こっちはマーガレットだよね?」
「そうですよ」

 知り合ってどれくらいした頃だろうか。
 オフの日は必ずと言っていいほど、人気バンドで有名の総次郎は華果の店へと訪れる。
 最近はガーデニングに目覚めたらしく、ちょっとでも興味を示すと花の名前を聞いてくる。
 華果は丁寧に答えると、総次郎は嬉しそうに顔を弛めた。

「別の花、育ててみようかな…」
「…総次郎さんはクールじゃないんですか?」

「は?」

 突然かけられた華果の質問に、総次郎は疑問符つきで返してしまった。
 余程不思議に思っているのか、無表情に近い華果の眉がよっている。
「クールって…」
「以前、言いませんでしたっけ? 総次郎さんが載っている雑誌を読んだこと…」
「言ったね」
 総次郎は即答する。
 そのことについてはしっかり憶えている。
 何故なら想いを寄せる相手・華果が自分について知ろうとしてくれたことで、内心舞い上がっていたからだ。
「その雑誌に書いてたんですよ、『クールでかっこいいソウ』って…。でも、私の目の前にいる総次郎さんはどう見ても、クールには見えないんですが…」

 無邪気に笑うし、無邪気に話すし。
 本当にあの「ソウ」なんですか?

 難しい顔で、彼女は総次郎を見つめる。
 見つめられることは嬉しいが、疑われているとなると、複雑な気分だ。

 けれどもそんな顔もかわいいと思ってしまうのは、『惚れた弱み』ということだろうか?

「まあ、実際まだ一回もテレビで見たことないんですけど…」

 忙しいから。

 彼女は口をまごまごさせて言う。
 疑ったところで、彼が本物かどうかなど、彼女にはわからない。
 見ようと思って何度かテレビをつけたが、仕事が終わった頃に音楽番組は一切やっていなかった。
 総次郎をテレビで見たことなど一度もないのだ。
 依然難しい顔をする華果に、総次郎は笑みをこぼさずにはいられない。
 それに気づいたのか、華果は彼をにらみつけた。
「馬鹿にしてるんですか」
 あまり変わらないが、今の彼女は少し怒った顔をしていた。
「ううん、違うよ」
 
―――あまりにも君が可愛いから。
 
 そういいたいが、恥ずかしさが勝って、その言葉は喉の奥にとどまった。
 その恥ずかしさを隠すように、総次郎は頬をかいて、別の言葉を紡ぎだす。

「一応、『クール』、とは言われてる。ただ、メンバーが言うには、『皆騙されてる』、だ、そうだよ」
「騙されてる?」
「うん。俺は、ただ、人見知りが激しいだけなんだと思うけど…」
「そうには見えませんが」
 華果は即答する。
 何故なら彼はここに来るたびに、自分から彼女に声をかけている。
 それは人見知りの総次郎が、少しでも華果に好かれたくての行為なのだが、彼女がそれに気づくのはまだ先の話だろう。

 空振り状態が目に見える回答に、総次郎は内心肩を落とす。

「いや、うん、そうなんだけどね。普段は人見知り激しいんだよ。初めて会った人とか、話しかけられても二、三言で済ませてしまうから・・・」

 そう、緊張して、混乱して。だから言葉が出てこなくて。

 極限に達すると、どうやら顔に出ることがないらしく、表情が固まる。それは見る人によっては無表情らしく、言葉も少なくなってしまうから、ソウ=『クール』というイメージが、視聴者に根付いてしまったらしい。

 しかし、実際はそんな性格ではない。

 人見知りは激しいが、気を許すと大声で笑うし、怒鳴ることだってある。
 寧ろ喜怒哀楽が激しいところがあり、反応が素直なせいでからかわれることもしばしばだ。
 口調も幼いと言われる。
 俗に言う『子供っぽい』性格らしい。

―――もうちょっと、大人になりたいんだけどな。成人してるんだし。

 はあ、とため息をつくと、くすりと笑い声が静かにこぼれた。
 驚いてその方向を見ると、彼女がおかしそうに笑っていた。

 いつも眠たそうな顔をしている彼女が。

 彼女が笑う姿を見れるのは嬉しいけれど、なんだか複雑な気分にもなって
「何で笑うのさ」
 まるで子供が拗ねた口調で言うと、彼女はまたおかしそうにくすくす笑った。

「すいません、なんか総次郎さん可愛くて」
「な・・・っ」

 嬉しいのか、嬉しくないのか。

 好きな女の子に『可愛い』といわれて喜ぶ男がいるだろうか。
 それ以前に男に可愛いは禁句じゃないのか?
「男に言っても嬉しくもなんともないよ」
 拗ねるように、というか実際拗ねてしまった総次郎は、ぶつぶつと呟いて視線をそらす。
「そういうのが可愛いんですよ」
 まだ言うか、迫力のない眼力で彼女を睨みつけるが、彼女はまだ笑うだけ。
 なんだか釈然としないが、それでも笑う彼女は可愛くて、そんな彼女を見れるのが嬉しくて。
 複雑に本音がぶつかりあい、自然に総次郎の口から言葉がこぼれた。

「俺としては、そうやって笑う華ちゃんのほうがかわいいと思うけど」

 ぼそりと呟いたつもりだった。
 けれどもそれは、彼女の耳に充分届いてしまったようで。

「え?」

 ぴたりと笑い声は止み、華果のいつも眠たそうな目が見開かれる。
 信じてくれないのか。
 恥ずかしいのだが、なんだかムキになって、でも面と向かっては言えなくて、俯いた総次郎は再び呟くように言った。

「だから、笑ってる華ちゃんは可愛いって言ったの」
「―――――っ」

「?」

 返答がまったくないのに、なんだか恥ずかしい思いと、なんだかムカつく思いがぶつかり合って、彼女に視線を戻すと、すぐに彼女は顔をそらせてしまった。
「華ちゃん?」
 華果の行動に首を傾げる総次郎は、華果の顔を覗き込もうとした。
 けれど。

「華ちゃん?」

 彼女はすぐに顔をそらせてしまって、表情をうかがい知ることが出来ない。
 嫌われてしまったのか。
 嫌な考えが総次郎の頭の横を通り過ぎかけたとき、目に付いたのは彼女の耳だった。
 真っ赤になった耳だった。
「・・・・・」

 その意味が分かった瞬間、総次郎の中にこみ上げてきたのは――――笑いだった。

「ぷ、くくく、あははははは」
「そ、総次郎さん」

 笑い出した総次郎に、華果は肩越しに睨みつけるが、真っ赤になった彼女に迫力はまったくといっていいほどなく、怖くはなかった。
「いや、ごめん。ほんと華ちゃん可愛いね」
「総次郎さん!」
 涙目になってまで笑う彼に、華果はさらに顔を赤くする。
 よくもまあ、照れもせずにそんなことを言えるもんだ。
 華果に言いようのない怒りがこみ上げるが、それはなぜか不快に気分にさせることはない。
 ただ、『可愛い』といわれたことに対しての照れが彼女の身体に駆け回り、どうしていいのか分からなかった。
 総次郎は照れずに言ったつもりはないが、それでも華果を『可愛い』と思うのは本音で、いつも無表情に近い彼女の素直な反応がこれまた『可愛く』て、仕方なくて、笑いがこみ上げる。

「わ、笑わないでくださいよ!」
「む、無理。ってか華ちゃんだって俺のこと笑ったじゃん。お互い様だよ」
「私はそんなに笑ってません!」
「俺にとっては華ちゃんがこれ以上に笑っているように見えた」
「被害妄想です!」

 顔を真っ赤にして怒鳴る彼女と、そんな彼女がおかしくて笑う彼の攻防は、客がやってくるまで続いていた。


〜ブルーデイジー〜end

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