第2話 フリオトローブ(淡い恋心)


「フリージアってバンド名、誰が命名したんですか?」

彼がここへの三回目の訪問のとき、彼女は尋ねた。

「んー確かコウだったような…」
アルメリアを貰って以来、ガーデニングに火がついた彼こと総次郎は、色とりどりに咲く花を眺めながら言った。
「コウ…さん。確か、ベース担当の方ですよね?」
「あれ?知ってるの??」

総次郎は目を丸くすると同時に、少し嫉妬に似たショックを覚えた。

帽子をすっぽりと深く被り、オレンジ色のサングラスで黒い目を隠す総次郎はまるで自分を隠したがっているような格好だった。
それもそのはず、総次郎は一年半前に出てきた人気バンドのギター担当で、その容姿から追っかけも少なくない。
だが、総次郎が彼女こと華果に会ったとき、華果は総次郎が何者か、まったく知らなかった。
だから総次郎はなぜ自分のバンドメンバーの名前を、しかもその担当まで知っているのか…。
初めて会ったとき以来、華果のことが気になる総次郎にとっては気が気でない。

「いえ、つい最近までまったく知らなかったんですが…、総次郎さんのこともありまして、雑誌を読んでみたんですよ」

 華果は眠たそうな顔でのんびりという。

 彼女が、いつも眠たそうな顔をしているのは、眠たいからではなく、素の顔だということを総次郎は二回目の訪問時に気がついた。
眠たそうな顔はあまり感情を見せない。
けれども華果は時々ではあるが、笑うこともあるし、拗ねることもある。
たった三回しかあったことはないが、総次郎はそんな彼女に惹かれている。

 アルメリアをくれた、あの時以来ずっと…。

「あ、そうなんだ」
華果の言葉に、総次郎の心は少し弾む。
どういう理由であれ、彼女は自分のことに興味を持ってくれているということだ。

たとえそれが恋愛感情でなくても、自分のことを知ろうとしてくれるのは嬉しいことだった。

「それで、その方が『フリージア』ってつけたんですか?」
「あ、うん。俺、別に変な名前じゃなかったら何でも良かったし、他のメンバーも同じだったみたいで二つ返事で決定」
それがまさか『未来への希望』なんてたいそうな意味があるなんて、総次郎は考えもしなかった。

 ただ、花の名前だということを、そのときその人物から聞いただけだったのだ。

「フリージアの花言葉はなにも『未来への希望』だけじゃないんですよ?」

「え?そうなの?」
まるで総次郎の心を読み取ったように、華果は言う。
「はい。ほかにも純潔とか、無邪気とか…。色によってちょっと違いますけど、だいたいはそんな意味ですね」
男四人組に、なんだか乙女な名前だな、と総次郎は考えた。

 まあ、今更変えようなんて思わないが…。

「でも、綺麗な名前ですね」
「え?」
「その…コウさん、でしたっけ?真っ直ぐに頑張ろうって意味も含めたかもしれませんね」


華果はにっこりと笑った。



彼女の笑みは自分の心を捕らえてしまう。

しかも不意に。

だから心臓に悪いと思うが、それでも彼女の笑みはとても好きで、惹かれてしまう。
これを世間一般では、『恋』というのだろう。
このことをそのコウにも、他のメンバーにも知られるわけにはいかないと、総次郎は心の奥底で強く誓う。

そんなことを知られれば、コウを始めとするメンバーに遊ばれるに違いない。

曲者ぞろいのあのメンバーに。



コウが華果の言うような理由で、『フリージア』と名づけたなんて、にわかに信じがたいが、まあ、今回はその説をとっておこう。



彼女の笑顔を見られたのだから。


〜フリオトロープ〜end

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