序章

(1)


「オルアンナはこちらからの使者を拒絶したようです」
 臣下でもある弟の言葉に、王は深いため息をついた。気持ちを落ち着かせるように、考えを巡らすように、執務室の机上を指先で叩く。
「これで8回目になるな、話も聞きもしないとは…やはり彼らはダーコスと繋がっているのではないか?」
 弟と並んで立っていた妹の推論は、的を獲ているだろう。敵国の友好国は敵…。だが、その国はまだこちらに引き込む余地がある。
「どうしてそこまでオルアンナにこだわる。あの国は今の王のおかげで滅びかけているではないか」
 苛立ちを隠さない妹は、黙り続ける兄王を睨みつける。しかし、王は黙ったまま机を一定のリズムでたたき続けていた。
「姉上、お言葉ですがオルアンナには資源がある。それがダーコスに流れていればこちらにとっては面白くありません。流れていたとしても、こちらにも流してもらいたい」
「それは分かっている。だが、あちらはとりつく島もないではないか」
 弟のなだめに、姉姫は舌打ちした。彼女もオルアンナという国を味方につけたいという気持ちはある。だが、あちらが了承しない。話し合いの場すら拒絶する。そんな国をこちらに引き入れるのなど…。
「オルアンナをこちらに引き込めれば、あとはコロール、ジョシュア、そしてコラテリアルだけです」
 次々と上がる国の名前。それらをこちらに引き込めれば、自分たちの悲願達成の足がかりになる。
 王は目を閉じ、考えを巡らす。そして、様々な情景が回り回った。こんなことは、もう終わらせたい。
 決意をひとつ。
 ゆっくりと開かれた瞳は、ブルーサファイア。すべてを包み込む、海の色だ。
「兵を、出す」
「……よろしいのですか?」
 弟の確認を含んだ問いに、王はゆっくりと頷いた。
「犠牲はもとより承知」
「わかりました」
 弟は瞼を伏せて了承の意を示し、妹も渋い表情ではあったが、兄王に反しはしなかった。
「オルアンナを攻め、かの国の第一王女を我が側妃として求める」
 王の静かな宣言に、弟妹は頭を下げた。



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